スプリントスピードの強化(3)
2019/08/03
スプリントにおけるスポーツ科学
スプリントスピード強化(3)
スプリントスピード強化のトレーニングとタイム計測テクノロジーの活用(3)
◆ダッシュのタイムを計る
わずかなタイム差が大きくパフォーマンスの差となってあらわれるスポーツのダッシュ力を向上させるトレーニングを合理的、目的的、そして意識的に行うためには、何となく「あいつは速いけどおまえは遅い」「だからもっと速く走れるようにがんばれ」というだけでは、選手は何をどう頑張っていいかわからず、モチベーションも湧いてこない。そこで、コーチと選手がスピードを正確に知ることが何よりも不可欠である。
しかし、そのスポーツ種目やポジションではあり得ないような距離のスピードを測ったり、スピードの測定方法がいい加減であったりしたのでは、そのタイムを短縮するのにどれだけ意味があるのか、本当にどれだけ速いのかまた遅いのか、どれだけ速くなる必要があるのか、どのくらいのタイムを目標とするべきか、トレーニングの成果は出ているのか、といったことを正確に知ることはできない。
もし、こうしたタイムの計測がいい加減で信頼性に欠けるものだとしたら、選手はどうやって意識的に高いモチベーションを持ってトレーニングに取り組むことができるだろうか? 長期に及ぶ苦しいトレーニングの結果、たとえわずかではあっても確実にタイムが短縮した、という客観的な事実が明確になったとき、選手はさらに頑張ろうという気持になるものであり、目標とするタイムをついに切った時(例えばアメリカンフットボールでは40ヤード4秒台というのが1つの基準になっている)、それは大きな自信となり、スポーツ場面でのプレーに対する自信と新たなチャレンジ精神の高揚と意欲の喚起につながっていくのである。そのためには、コーチと選手が本当に信頼できるタイムの計測があることが望ましい。
◆ストップウォッチから光電管へ
光電管によるタイム計測が普及してきたとはいえ、まだまだ手動のストップウォッチによるタイム計測が主流である。ストップウォッチによるタイム計測は学校体育の授業における50m走に最もよく代表される測定方法である。 スポーツテストで行われている50m走のタイム測定は、あくまでスポーツテストの目的である総合的な運動能力の判断に用いられる測定の一部に過ぎない。また、集団として全国のデータを処理して、青少年の運動能力の年次変化を統計的に追跡するためには有効で簡便な方法だろう。
しかし、冒頭から述べてきているような100分の何秒といった差が決定的なパフォーマンスの差となるスポーツのためのトレーニングにおいて、選手一人ひとりにとって意味のあるタイムを正確に測定するという目的からすると、手動によるストップウォッチを用いたタイム測定で十分だとはいえない。
特にスポーツ特性と測定の目的に応じて計測するダッシュの距離が短くなればなるほど、ストップウォッチでは正確な意味のある測定を行うことは困難となる。
陸上のトラック競技でも誰が勝ったかは目で見てわかるが(写真判定が必要な時もあるが)、正確な記録として公認するためには電気計測が行われている。
トレーニングのための測定では、正確なタイムを知ることそれ自体が最終目的ではない。100分の1秒程度の精度で信頼できる数値がすぐに得られるかどうかが問題なのである。
ちょっとスタート姿勢や足を着く位置を変えるとどのようにタイムがどのように変わるか、フォームを変えるとどうなるか、トレーニングで筋力やパワーがアップしたり、体重をコントロールしたり、プライオメトリクスに取り組んでバネを改善した結果、記録がどのように変化するか、選手の疲労状態やトレーニングスケジュールによってタイムにどのような差が生じるかなど、短い距離のダッシュのタイムを正確に反映する信頼できるシステムがあると、きわめて重宝することことになる。
また、ケガからの復帰レベルがどの程度進んでいるかということも正確な計測が重要となる。こうした情報が有ると無いとではトレーニングスケジュールやプログラムを作る上でのコーチの自信やコーチに対する信頼の問題にもつながってくる。
以上のことから、今後はスポーツのコンディショニングのためのダッシュのタイム計測においては、光電管の使用が当たり前になってくるべきである。
以下、スピード計測にともなうテクノロジーの問題を実例から検討しよう。
◆ストップウォッチの信頼性
短い距離のスプリントタイムを、ストップウォッチでどれだけ正確に測定することが出来るだろうか? 光電管による測定値とどのくらいの差が生じるのだろうか?
▲図2. 5台のストップウォッチと光電管による測定値の比較(10mダッシュ)
図2は、22名(男子12名、女子10名)のさまざまなスポーツを行っている大学生による10mダッシュのタイムを5名のストップウォッチによる計測員abcdeと1組の光電管タイム計測装置(Microgate社製 Racetime2)を用いて測定した結果である。
スタート姿勢は、左右の足を前後に開いて前足をスタートラインにおいて静止した姿勢からのスタンディングスタートであった。スタートラインとゴールラインでほぼ腰から胸の高さになるように光電管を設置した。ストップウォッチの計測員は10m地点に置かれた光電管と同じ位置に並び、選手の後ろ足が地面から離れた瞬間を目で確認してストップウォッチをスタートさせ、ゴールライン上の仮想直線上(光電管と反射板を結んだ線上)を胴体が通過したと判断した瞬間に止めた。
図2から10mダッシュのタイム計測におけるストップウォッチと光電管の使用についてどのようなことを感じられるだろうか? 図を見てすぐにわかることは、ストップウォッチの測定値は個人によるバラつきがきわめて大きいということだ。もし、ストップウォッチで10mダッシュのタイムを測るとすれば、誰に測ってもらうかによって、0.2秒から0.6秒くらいの差が生じてしまうのである。これで本当に個人個人のスピード特性やトレーニングの成果を云々できるだろうか?
次記事ではこの問題をさらに掘り下げ、スプリントスピード強化のためのトレーニングにおけるタイム計測や、スピード計測のためのテクノロジーについて詳しく検討したい。